2012/01/30

一人一台放射線カウンター

Androidで使える放射線カウンターをダウンロードして試してみた http://www.hotray-info.de/
もちろん、専用の測定器ではないため精度の限界はあるが、非常に有用であると感じた。
300円程度で、少なくとも自分の居場所が異常であるかないのかが判定できるのだから。

こんなものを一個人が持ち歩くことになるとは。SF以上の世界に自分たちは生きているのだと思う。
何せ日本の家庭用品メーカーがコンパクトな放射線カウンターをつくり販売している時代なのだから。
こんなまとめもあるので参考にされたい。
http://matome.naver.jp/odai/2130192683969299601

状況について呆れているばかりでは仕方がない。
政府や自治体が必要な情報を提供してくれないなら、自分で調べるしかない。
それもネットを検索してばかりだは駄目なのだ。そこには確かに糸口くらいはあるかもしれない。しかし、本当の情報は自分の手で調べ考えたところにしかない。
情報が溢れているように見えるこの時代、ネットワークに頼るのがあたり前になっているが、実はそこにあるのは情報の場所を示すタグばかりであって、「知識」があるわけではない。

あるいは耳障りよく調理された言葉に飼い馴らされていることにも気がつかなければいけない。まるで口当たりのよいものしか食べられなくなっている私たちの食生活のように、知の領域も確実に生き残るための本能を退化させているのだ。
命が脅かされているからこそ「そこは危険だ」と警告する人がいる。「いのちてんでんこ」だ逃げろと叫ぶ。しかし、無責任に安全だと言う政府や自治体の声があったから警告が警告にならず、「煽り」だというレッテルが張られる。言い方が口汚いと言う。

もし、今その放射線や核物質が、かのイラストレータが描くように赤いツブツブに見えたなら、そうしてその危ないツブツブの中に子供たちを居させる親がいたら、強い言葉でそれを知らせるのではないか。「よろしければ、非難した方がよろしいですよ」なんて悠長なことは言っていないだろう。
「共同体がある」だが、共同体とは個々の命が守られてこそあるのであって、少なくとも将来の命を守ろうとしない共同体なんてあってもしょうがない。
だからこそ「いのちてんでんこ」なのだ。

私たちはリアルな世界から本当に遠のけられている。
手元でカウントされる線量を眺めながて、マスメディアやネット上で伝えられる線量の数字よりもずっとリアルな赤いツブツブを実感すべきなのだろうと思った。
しかし、同時にこれは「安心」を計る道具ではなく、「危険」を計る道具であることを付け加えておく。そして限界がある。α線はもちろん計ることはできない。食品の汚染計測はことのほか難しいということも知っておくべきだ。
こういった機器は五感では知ることのできない今の現実を多少なりとも正しく把握し、危険を回避する手立てであるのだ。再び言うが私たちは今、SFを超えた世界に生きているのだ。